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札幌高等裁判所 昭和57年(ラ)19号 決定

抗告人 函館製網船具株式会社

相手方 破産者株式会社柴野商店 破産管財人 今重一

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

一  抗告人は「原決定を取消す。本件を函館地方裁判所に移送する。」との裁判を求め、その理由として次の通り主張した。すなわち、相手方提起の本件訴訟は、訴状添附の物件目録記載の物件(以下、本件物件という)について、破産者株式会社柴野商店が破産宣告前に抗告人に対して設定した根抵当権につきその設定登記(釧路地方法務局根室支局昭和五五年三月三日受附第六四七号)の抹消登記手続を、否認権行使の訴として求めるものであるが、破産者株式会社柴野商店と抗告人との間に、既に、右根抵当権の被担保債権である商品売買代金債権に関する基本契約において、その契約から生ずる権利、義務に関する訴訟について函館地方裁判所を管轄裁判所とする書面による合意が成立しており、また右被担保債権につきなされた前記根抵当権の設定契約に関し紛争が生じた場合についても右と同様な管轄の合意が成立しているのであつて、破産者の有していた財産を清算する目的ないし職務を有する相手方破産管財人は、破産者の財産である不動産の根抵当権設定登記に関する右管轄の合意を承継する立場にあり右合意に拘束されるから、民事訴訟法三〇条に従い本件訴訟は函館地方裁判所に移送されるべきであるところ、右申立を却下した原決定は違法であり、申立通りの裁判を求めるというのである。

二  本件記録によれば、本件訴訟は、抗告人が主張する通りの根抵当権設定登記の抹消登記(否認の登記〔裁判昭和四九年六月二七日民集二八巻五号六四一頁〕)手続請求訴訟であり、破産管財人である相手方が破産法七二条一号の否認権行使の訴として提起したものであること、本件訴訟において相手方が抗告人に対し抹消登記(否認の登記)手続を求めている根抵当権設定登記の対象となつている本件物件はいずれも原審裁判所の管轄区域内に所在していること、他方破産宣告前に破産者株式会社柴野商店と抗告人との間に、抗告人主張のような管轄裁判所を定める旨の合意が存在していることが認められる。

ところで、破産法上の否認の訴については、会社更生法上の否認の訴等のような特別の規定(同法八二条二項参照)がないから、その管轄は、民事訴訟法の規定によつて決せられるべきものと解されるから、否認の訴と右管轄の合意との関係について検討する。

破産法上の否認権は、破産者の財産に関し、破産宣告前に破産者によつてなされた破産債権者を害すべき行為の効力を失わせ、右の行為により逸失した財産を破産財団のために回復することを目的とする破産法上の権利であり(なお、民法四二四条参照)、これを行使できるのは破産管財人に限られ(破産法七六条)、しかも破産管財人は、破産者の代理人又は一般承継人ではなく、破産債権者の利益のために独立の地位を与えられた破産財団の管理機関であると解される(最判昭和四八年二月一六日金法六七八号二一頁)。右のように、否認権は破産目的のために破産管財人の特殊な地位に照らして特別に付与された権利であるから、その行使に基づく訴については、たとえ破産者とその契約の相手方間で破産宣告前に管轄裁判所につき合意がされていたとしても、少くとも当該契約に関する否認の訴については、破産管財人は、右管轄の合意に拘束されることなく、民事訴訟法の管轄についての規定に従つて右の訴を提起することができると解するのが相当である。してみると、前認定のように否認の訴として提起された本件訴訟は、破産者株式会社柴野商店と抗告人間の前記管轄の合意の影響を受けることは無いというべきであるから、右管轄の合意が専属管轄の合意か否かの点につき検討を加えるまでもなく抗告人の主張は理由がないというべきである。

そして、破産法上の否認権は実体法上の形成権ではあるが、それに基づく否認の訴は、右形成権の行使の結果に基づく給付または確認の訴の性質を有するものと解するのが相当であり、従つて、本件物件のような不動産に関し、右否認権の行使の効果に基づき抵当権設定登記の抹消登記(否認の登記)手続を求める訴は、民事訴訟法一七条に定める「不動産ニ関スル訴」と解するのが相当であるところ、前示の通り本件不動産は原裁判所の管轄区域内に所在しているのであるから、結局原決定は相当である。

三  以上のように抗告人の移送申立を理由なしとして却下した原決定は正当であつて本件抗告は理由がないから民事訴訟法四一四条、三八四条によりこれを棄却し、抗告費用の負担につき同法九五条、八九条を適用し、主文の通り決定する。

(裁判官 奈良次郎 渋川満 藤井一男)

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